神様のメモ帳

「たくさんの人の群れ。まるで何かの画像のドットに見えた。」人文字は、人をドットに見立てて文字を作る。一度は経験したことがある人も多いはずだ。私自身も、出来上がった画像を見て、新たな描き方に驚きと感動を覚えた記憶がある。しかし、はじめに人文字を思いついた人は、その物語の主人公のように、街を歩く人間がドットのように見えたことから思いついたのだとしたら、複雑な心境だ。
 というのは、一個のドットには意味がない。多くのドットが集まってはじめて絵となり価値が生まれる。それを、人で描くということは、ドットになるような人間は一人では価値がないと思っているということだから。
 人が、一緒にいる理由には様々なものがあるだろう。今回、わたしは新しい理由を知った。具体的には、「2人の人間ABがいる。両者とも自殺したCという人間を知っていた。Cには二つの面があった。そして、その一面ずつを、ABが知っていたのだ。Cという人間は、その二面からなる。しかし、ABは、Cの一面しか知らない。自分一人では、Cという人間を完全に知ることはできない。だから、AとBは、自分たちが知っているCの片方ずつを合わせて、完全なCを知るために一緒にいる。」という形だ。
 Cは、この世で生きていくことが辛くなり、自殺してしたが、AとBを一緒にいさせることで、自分自身をこの世に残すことに成功したのかもしれない。しかし、残されたAとBは、一緒にいる理由がCである限り、Cに縛られ、Cを介してでしか、2人のかたちを見いだすことはできないだろう。ABがそれを望むならば、そのような関係も良いが、少し悲しい気がする。

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