へうげもの

今回、私が印象に残った部分は2点ある。
一つ目は、宗易の人となりである。宗易は、佐介が茶碗欲しさに荒木を逃がしたことを知りつつ、佐介を茶室に招待した。そして、その手に入れた茶碗と同様の茶碗で佐介に対し茶をたてる。そんな宗易に対し、佐介は、真実を打ち明ける。
その告白を聞いて、宗易は、「佐介が、自分の思惑を読み取っていたことと、正直に告白したことをほめる。そして、人間には欲があり、佐介のように欲に走ることもある。自分も人間であり、欲がある。ゆえにその茶碗が欲しい」という。宗易は戦国時代の策士として素晴らしい。この一言で、佐介と茶碗両方を手に入れたからだ。というのは、佐介は、この申し出を断れば、宗易によって信長に報告され身体と共に茶碗も失う。宗易は結果として、信長からか佐介からかとい経路は異なるが最終的に望みの茶碗を手に入れることができるからである。
 もう一つは、信長が、佐介を城に招いて言った言葉である。信長は、佐介に対し、「人はみな己に無いものを欲しがる。無いものとは、金である。金は、職となり、物になり、ゆとりになる。そして、より多くの人を動かすには、欲しがるものを与えるしかない。メンツや誇りで動くのは武人だけ。佐介も今や人を動かす身。その金子で欲しがるものをしかと分け与えよ」という。信長の言うように、得たものを分け与えることができる人間になってこそ人を従えることができるのかもしれない。
というのは、テレビなどで、先輩芸人が後輩芸人を食事に連れていくというエピソードをよく耳にする。芸人の世界は、現在でも上下関係がしっかりしている。それは、現在においても、上の者が下の者に対して、自分が得たものを分け与えるという慣習が続いているためと考えたならば、信長の言うことはその通りだからである。

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